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吉野公賀  - TOMONORI YOSHINO -

吉野公賀
1977年 岐阜県生まれ
病気による視覚障がいを機に画家を志し、各地で個展を開催。
旧作を大切に育む一方で、独自性の高い新たな表現を模索し続けている。
国際アートトリエンナーレ2007 入選

【個展】
2016年
フジムラコンテンポラリーアート(横浜)
2014年
Daido画廊(岐阜)、場所かさじゅう(岐阜県揖斐郡池田町)
2013年
フジムラコンテンポラリーアート(横浜)
2011年
ギャラリーみわ(愛知県江南市)、フジムラコンテンポラリーアート(横浜)
2010年
ギャラリーAPA(名古屋)
2009年
多治見市文化会館(岐阜県多治見市)
2007年
Caelum Gallery(ニューヨーク)
2006年
ぎゃらりー朋遊(愛知県一宮市)、アートギャラリー作家さん(大阪)
2005年
近江(滋賀県彦根市)、画廊喫茶 隆(愛知県一宮市)
2004年
ぎゃらりー朋遊(岐阜)

【沿革】
2000年~
「緑内障」の発症により、右眼の視機能のほとんどを失う
2001年~
手術後、独学で絵を描き始める
2004年~
各地で個展を開催
2006年~2009年
刺激を求めて海外のアートフェアに出展(メルボルン、上海)
2007年~
念願かなってニューヨークで個展を開催するも、頼りにしてきた左眼が悪化失明への恐怖という「宿命」を受け止めるなかで、活動の方向性と新たな表現を模索
2009年~
(株)セルフサポート[現:(一社)障がい者自立推進機構]と作家契約 (パラリンアート)
2011年~
(株)オフィスフジムラと作家契約 (フジムラコンテンポラリーアート)
2012年~
「絆シリーズ」(全11作)を発表 ≪プロデュース: フジムラコンテンポラリーアート≫
2013年~
(福)東京コロニーと作家契約 (アートビリティ)
2017年~
(一社)障がい者アート協会と作家契約 (アートの輪)

◆絵を始めたきっかけ
緑内障という眼の病気を発症し建築の道を諦めた私は、独学で絵を描き始めました。 日本画と洋画の違いも分からないような素人が、 絵を描くために最初に訪れたのは、 美術学校でも絵画教室でもなく地元の画材店でした。 すでに右眼の視力のほとんどを失い、 「将来、左眼も同じような状態になる可能性がある」と宣告されていましたので、 落ち着いて絵を学ぶという気持ちの余裕などなく、 とにかく“今の自分をキャンバスにぶつけたい”と、がむしゃらでした。 何故、絵を描きたいと思ったのか? よく分かりませんが、眠っていた何かが私を突き動かしたのでしょう。 その後、個展を開催し、新たな作品にもチャレンジする一方で、 右眼の再手術や頼りにしている左眼も悪化するなど、 失明への恐怖はこれからも消えることはありません。 生活や生き方そのものを大きく変えていかなければいけない状況に直面しながら、 こうして振り返ってみると、描き始めた当時から変わらないものに色々と気付かされます。 例えば作品について言えば、形や色彩に対する強い好奇心です。 そして何よりも、絵の中で自由な発想を楽しむ自分の姿が伝わってくるのです。 描いた本人なら当然の感じ方なのかもしれませんが、 私自身の心を癒すかけがえのない大切な贈り物でもあったのでしょう。 活動を通じて、温かいご支援を頂くたびに自然と湧いてくる感情があります。 それは『感謝』の気持ちです。 その気持ちを少しでも恩返しできるように、 これからも出来る限り、自分らしく活動を続けていきたいと思います。

◆尊敬するアーティスト
純粋な心で素直に表現し、変化を恐れないアーティストを尊敬します。
また、学生時代に建築を学んでいたこともあり、建築作品への憧れは今もあります。

◆おすすめ作品1点と理由
絆シリーズは全11作品からなるシリーズです。 各作品、それぞれが人生の様々な場面を表現し、ひとつの物語としてまとめられています。 その中から1点を選ぶとすれば、私は作品「golden boy」をお薦めいたします。 この作品は、絆シリーズの“はじまり”を飾る一枚となっており、初期の代表作といえるでしょう。 作者の想いと共に、観る者の自由な発想でお楽しみいただけますと幸いです。
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